久住 健
青年会議所にお誘いをいただいたのは、2006年頃でした。ちょうど新潟に戻ってきて間もない頃で、当時は気持ちの余裕もなくお断りしていました。新潟青年会議所で歴代専務を経験していた父からは『30歳(2008年)になったら入れ』と言われていたのですが、2007年に父が他界してしまい、急遽会社の代表になることもあり、まずは新潟青年会議所出身の先輩が大勢いらっしゃるロータリーなど他団体活動を優先し、新潟青年会議所への入会は見送りました。
その後、33歳の時に改めて声をかけていただくキッカケと、仲の良い友人たちが新潟青年会議所へ入会すると話があり、自分も新潟青年会議所の扉を開こうと決意をしたのを覚えています。とはいえ正直どのような活動をする団体なのかもわからず、入る前はやる気も全くないレベルで、どちらかというと斜に構えていたのも事実です。
スイッチが入った瞬間
そんな自分が変わったのは、仮入会の後期のリーダーを任され、12月例会卒業式を無事に終えられた時です。最初は本当に大変で、なかなか同期入会のメンバーと意思の疎通・情報共有などができず、どのように伝えることがよいのか右往左往して苦労をしました。しかし、最後はやはり各企業・会社・店舗などで多くの経験をしているメンバーの集合体の経験量と現場力にも助けられ事業を完了でき、その瞬間に『みんなすげーな、やってよかった!』と思えました、あの時の感動は忘れません。
日本青年会議所への出向経験
2014年に日本JCのフロアメンバーとして、2015年に日本JCのスタッフとして出向をしたことも大きな転機となりました。何も知らない状態で飛び込んだのですが、やっていくうちにどんどん青年会議所の魅力にはまっていきました。純粋に楽しかったですし、日常生活では踏み入ることのできない世界や、はじめて経験する知らない世界など、今まで見ることができなかった世界線を目の当たりにすることも新鮮で良い刺激になりました。
2015年に日本JCへスタッフ出向している際に、365日活動など情報発信をやり続けるという事業をやりきった経験もあり『これはLOM(出向元である新潟青年会議所)に落とし込み、自分たちの活動を多くの人に知ってもらうことができる!』と感じ、私が2017年広報委員長をやらせていただいた際に【365日日記】というタイトルで事業を展開しました。良くするためには、自分たちがまず良くしようと動かなければいけない。活動を続ける中で、自然と考え方も変わっていきました。
出会いがすべてを変える
最初は『自分には向いていない』と思っていました。でも、青年会議所は本気で向き合わないと良さが見えてこない場所なのです。
そして、誰と出会うか、誰に付くかで全く違う世界が開ける。熱量のある人、本気で取り組んでいる人と一緒にいると、自分も変わっていくのですよね。
結局、青年会議所は入ってみないとわからない世界です。
青年会議所で得たものと社業へ活かしていること
青年会議所は、『やるか、やらないか』の世界です。何かを得るためには、何かを整理しなければいけない。だから会社のルールも見直しました。
段階的に社内での決定権ルールを見直し、自分がいなくても会社が回る体制にしたのです。結果として会社のスリム化や効率化につながりました。自分のところに来るのは大きな話だけにして、細かい判断は任せるようにしました。
青年会議所の時間を確保するために社内体制を整えたことが、結果的に企業としても働く従業員含めて成長にもつながったと思います。他団体の活動でも、以前はすべて自分が出ていましたが、今は他の従業員に任せるシーンを少しずつ増やしたりして、会社として経験値を増やすことも行えています。
入会を検討している人へ
軽い気持ちで入らない方がいいと思います。僕自身、最初は返ってくるものなんて期待していませんでしたが、やった分だけ成果はついてきますし、本気で取り組めば信用してもらえるようになります。そこでの活動は給料や報酬の発生しない世界ですので純粋に自分自身の器量や資質が見られます。結果として、やればやるほど人とのつながりもできますし、共通の話題も増えます。青年会議所での活動は、本気で向き合えば向き合うほど、社業にも活かせる発見やキッカケになると思います。本気で向き合っていく中で私の本質などを見ていただき、JC活動でない社業などのシーンで『あっ!この内容ならアイツに聞いてみよう!』と思ってもらえる『アイツ』になれれば、それで十分だと思っています。
結局、青年会議所は『本気でやるかどうか』なのです。
私は斜に構えて入会しましたが、活動の中で本気でやれるようになりました。
